社会学、心理学の実験場?監視社会も嫌だね?

現在のコロナ禍は社会学、心理学の学者や関心のある人々は、興味シンシンで行政や人々の動きや考えを注視しているのではと想像される。まだ恐怖とまでは人々は思っていないが不安を抱きながら毎日の大都会のPCR検査数の陽性者の数の推移を眺めている。恐らく毎日の陽性者の発表数はやや偽装されているようだから、私たちには真のコロナ感染者数の増減の実態は見えない。高校で習った確率統計の分布曲線とかいうものを覚えている人は、PCR検査数とその陽性者率との推移を見て、実際の陽性者数は毎日の発表数の少なくとも数倍以上はあると想像している。施政者が恣意的に数をコントロ-ルしているのが分かる。原発の時でも、国民は真の実態をニュースから把握できなかった。今も似たようなことが起きていると想像される。施政者も国民の不安を煽らないようにマスメディアをコントロ-ルしているのだろうか。国民もバカではないから、最近では行政や政府が笛を吹いても踊らない。茶化して喜んでいるようにもみえる。コロナ禍が起こした、こういった群衆、国民の心理の変化、行動形態の変化は社会学者や心理学者にとっては最も興味深い材料と見える。10年に一度くらいしか提供されない実験材料だ。毎日の人間の行動は、スマホのGPSから昔と違ってかなり正確に把握できる。その他SNSとかを解析すればもっと面白い分析が出来るに違いない。こういった分析は、今後大災害や日本と某国の戦争とか起こった時に活躍するに違いない。

話が代わるが、日本はこういったコロナ禍とかの対応でデジタル技術を運用するテクがかなり下手だ。どうも世界の周回遅れ。スマホソフトでコロナ感染者と接触したかが分かるとかいうのも、一時政府が盛んに喧伝していたが結局税金投入だけで使い物にならなかったようだ。某通や丸投げした企業だけ太らせたと一部の国民が騒いではいたが。ワクチンの接種もそうだ。接種券は届いても予約が難しい。瞬殺で予約は埋まる。今時電話で予約を入れなきゃならないなんて信じられん対応である。50年前じゃないぞ。諸外国でのこういう場合のデジタル活用の技術を聞くと、つくづく遅れているな~とため息しかつけない。かっての栄光に酔って20~30年寝てしまっているかのようだ。一面、こういうデジタル技術の遅れは、国民の動静を行政が把握出来ないという長所もある。キャツシュレスで支払いしたらお上にバレバレだが、日本未区民は現金が好きということで、お上の掛け声になかなか反応しない。シナでのキャツシュレス化は凄い。元の偽札が多いので現金を使いたくないというのが原因とか。おかげてシナは国民の金の動きを殆ど把握出来ちゃう。監視カメラ凄い。国民の一人に何台とか。独裁国家故に出来る。一人一人の国民の行動と経済面の動きをちゃんとデジタル技術で完璧に把握できる国のシステム。最近では、AIの論文数とその質の高さが米国を追い抜いて独走態勢とか。日本は数番目とかで、もう競争相手にもならないようだ。悲しいが現実かな。

デジタル技術の遅れを嘆くか、デジタル技術の遅れに誇りを持つべきか。周回遅れでもいいが、平和でのんびりとした監視されない時代がいつまでも続くのはいいことのようだと思いたい。

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